Yの悲劇
カップヌードルが1971年に誕生して今年で40周年という。
それまでは即席ラーメンといえば袋ものの製品しかなく、鍋にお湯を沸かして麺を煮込み、スープを加えて丼に移すという手間が必要だった。そこへ、麺とスープと具材が入ったカップにそのままお湯を注げば3分で出来あがりという画期的なカップヌードルが華々しく登場したのである。
オレがカップヌードルを初めて賞味したのは、いや、賞味させてもらったのは中学の遠足で近くの山に登った時だった。友人のYは、こういう新しいものにすぐ飛びつく、好奇心が人の2倍も3倍も旺盛な少年だった。Yは、遠足の弁当代わりになんと発売されたばかりのカップヌードルと携帯ポットにお湯を入れて遠足に参加したのだった。
山頂について昼食となり、Yがリュックサックからまだ見たことも無かったカップヌードルを取り出した時、一斉に「おーっ」という驚きの声が上がった。Yの回りには幾重にも人垣が出来、今か今かとお湯注入の作業を待った。Yは厳かに携帯ポットから、もうすっかり冷めてしまったお湯をカップの中に注ぎ込んだ。その瞬間、あたりには空きっ腹に突き刺さるようなスープの濃厚な香りが漂った。「こ、これがカップヌードルの匂いか・・・」
3分が経過し、皆の口の中に唾液が溢れだす頃、Yはゆっくりと蓋を剥がし、割りばしで麺を掻き混ぜはじめた。
醤油とコンソメをミックスしたような得も言われぬ香りは山頂に漂い渡る。
Yはオレたちをゆっくり見廻したあと、おもむろに大きな口を開けて麺を一口すすった。細めの麺を咀嚼しながらスープをすすり恍惚とした表情を浮かべるYに、オレたちは口々に大声で叫んだ。「この野郎、Yっ! オレにも食わせろ!」
その時、人垣の向こうでこの様子をじっと見つめるM江がいた。M江はYが思いを寄せるクラスのマドンナである。
「ここでこいつらの要求を拒否すれば、M江に悪い印象を与えてしまう。男らしい太っ腹なところを見せなければいけない」とYが思ったかどうかは定かではないが、Yは集まったオレたちに一口ずつカップヌードルを食べさせたのだった。
これが悲劇の始まりだった。みるみるうちにカップの中身は空になり、最後のS太に順番が回るころには、カップの底にスープが数滴残っているだけという有様だったが、初めて食べたカップヌードルは、不思議な未来の味がした。
薄っすらと涙を浮かべるYを見て、さすがに心苦しく思ったオレたちは、自分たちの弁当の中から、おかずやご飯やおやつを少しずつYに分け与えたのだが、ショックを隠しきれないYは既に下山する力もなく、あまりの馬鹿馬鹿しさに怒りまくる担任の背中の荷物となって無事帰り着いたのだった。
というわけで今でもカップヌードルを食べる時には、必ずこの可笑しくも悲しいドラマを思い出すのである。